常連の患者さんからはよく「おだやかですね」と言われます。
自分でもおだやかであろうと心掛けています。
また、患者さんとおしゃべりすることもとても大好きです。
たくさんしゃべるとため込んでいた何かも吐き出されて鬱々とした気分がさっぱりしますし、さらには自分を見つめなおすきっかけにもなりますのでご遠慮なくおしゃべりください。
「ヒトは選択する力を持つ」
「ヒトは損益が最大限のプラスになるよう行動する」
という2つの信念を持っています。
「ヒトは選択する力を持つ」とは、ヒトの尊厳にかかわる信念です。
私は、あらゆる状況下でヒトは行動する/しないを選択できる力を持つと信じています。
状況によっては選択肢が全くないかもしれません。
それでもヒトは自分の魂にうそをつかない行動をとれると私は信じています。
また「ヒトは選択する力を持つ」がゆえに、どんな状態からでもヒトは”自分が望ましいと思う自分”に変われると私は信じております。
よく言われる”年をとるとヒトは変われなくなる”という言葉があります。
これは加齢により気力体力の最大値が衰えると、変化に必要な生命力の量が不足するからだと私は考えます。ゆえに”恋をする”などで気力体力の最大値が一時的に増幅されれば変化するに足る生命力が用意できるため、年をとってもヒトは十分に変われると考えます。
「ヒトは損益が最大限のプラスになるよう行動する」とは、ヒトの行動にかかわる信念です。
ここでいう損益は、物心両面です。つまり、金銭や資産などの直接目に見える物質的な損益だけでなく、社会的評価などの間接的にしか見えない心理的な損益(=”誇り”や”好き嫌い”、これだけは譲れないという”何か”を守ることなど)も含みます。
「最大限のプラスになるよう」の極端な例を挙げるとすれば「マイナス100とマイナス99しか選べない場合マイナス99を選ぶ」です。あるいは余力があれば、ヒトは(マイナス100でもマイナス99でもない)第三の選択肢を作り出すかもしれません。
1973年3月31日に茨城県に生まれ、3歳のときに埼玉県吉川市に引っ越してきて今も吉川の住人です。
小学校中学校ではいじめにあっていました。そのため「圧」を掛けてくる人がいまでも苦手です。
高校・大学は一転、楽しく過ごしました。部活は高校で化学部、大学では弓道部(小笠原流)でした。
大学卒業後IT業界に入って主に業務システム系の開発に従事していました。年を経るにつれ、徐々に能力不足、特に見積能力や管理能力の不足を感じ、どうすればいいか悩み続けるようになりました。
そしてIT業界を辞める最後の年は今思えばうつ状態で「この橋から飛び込めばラクになるかな」と毎朝考えていました。そして完全にやけくそでIT業界を辞め、東洋鍼灸専門学校の鍼灸あん摩科に入学しました。今思うと「自分GJ!」でした。多分辞めなければ死んでいたでしょう。
それで、なぜ鍼灸あん摩科を選んだかというと、小さいころ祖母にマッサージしたとき上手だね、と褒められた幸せな記憶があったのが一つ。ならば国家資格を以て公明正大にマッサージしたいと考えたのが二つ。するといわゆる伝統校が選択肢として挙がり、そのなかで実践的な臨床技術を学べる学校として東洋鍼灸専門学校を選びました。
東洋鍼灸専門学校(以下東鍼校)ではいろいろありました。自分を変えようと思って生まれて初めてクラス委員長になったり、東鍼校の文化祭である”東鍼際”の実行委員長になったりしました。そこで得たのが「自分と他人は別なヒト」および「ヒトは自己の利益を最優先に行動する」という事実でした。それらの事実を認識するとあとはラクになりました。この「自分と他人は別なヒト」という認識は今でも私の思考の核です。自分と他人は別なヒトだからこそお互いの強みを合わせて協力できるし、相手に合わせるのも合わせないのもその時の自分の都合でOKであると。
そうした学生生活のなかで様々な先生に教えていただいたこと、同期や先輩後輩の方々と触れ合ったことはすべて私の血肉となり、いま現在の治療に役立っています。
そして平成26年の卒業と同時に国家資格(はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師)を同年3月に無事取得し、同年7月に平穏堂を開院しました。そして関わったすべての皆様のおかげをもって今にいたります。
治療したあとに患者さんの顔が自然とほころぶのを見ることが今の私にとって最大の楽しみです。
いまこの文章を書いている時点(2020年2月)で開院から5年半ですが、いろいろな患者さんがいらっしゃいました。比較的年配の方(50代以上)が多かった印象です。そして感じたのは若いころの古傷(※1)が年を重ねると表に出てきやすくなるという事象です。これは加齢によって古傷による影響を無視できるだけの生命力が調達できなくなってきたことに加え、さらに加齢による関節の硬化、筋力の低下などで古傷がより存在感を増すためです。古傷が気になり始めると、日常生活でほんのちょっとでも余計なダメージを食らうと、若いころにくらべて、より大きな痛みやツラさが生じます。
そういうこともあって当院ではまず古傷の有無を伺い、あれば古傷を最優先に治療します。古傷に対する治療はうっ血処置(※2)という治療を行います。多く訴えのある肩こりや腰痛も、古傷やそれにともなう偏ったからだの使い方に由来していることが多かったです。
あとは自らを追いつめている方も多くいらした印象があります。様々な理由で日々の消耗が自然回復を上回ると、その結果もともと相対的に弱い部位に症状が現れます。
その場合は治療によって落ち着いていただいたあと、問診で伺った「激しく消耗するであろう行動」を減らす方向の提案をさせていただきます。
消耗する行動はそれこそ無限にありますが一例を挙げると
・自分をよく見せようと背伸びをする
・お酒やたばこ、甘いものを日常的に大量に摂取する
・熱いお風呂に毎日長く浸かる
・他人を支配する/他人に支配される(親子関係や会社での上司部下の関係を含む)
などがあります。
ただいずれの行動も必要があってそうしている(他人によく見せなくては死にたくなるほど恥ずかしい、甘いものを大量に摂取しないとストレスが解消できない、めちゃくちゃ熱いお風呂でないとさっぱりしない)わけで、まずはその行動が本当に必要か、減らしても問題ないのではないかなどの提案をさせていただいております。なお支配関係については協力関係に変える方向を提案させていただいております。
※1 ここでいう古傷は、
・外傷(転倒による打撲や捻挫など)(手首・足首・肩・膝・尾骨・顔面など)
・交通事故の後遺症(むちうち)(頸部・背骨まわり)
・手術痕によるひきつれ
・手術そのものの後遺症
などです。
猫背やストレートネック、肩こり腰痛の根本原因となっている場合もあります。
※2 うっ血処置とは「積聚治療」の補助治療のひとつです。
古傷によって流れが滞っている部位を探り、そこを該当箇所とします。
当院では採血用の使い捨て穿刺針で該当箇所にごく小さい傷をつけそこから血を絞りだします。
絞りだす量はせいぜい5ml程度で、いわゆる瀉血(400mlとかを抜き出す)とは異なります。
流れが滞っていると動きが悪く触ると硬く感じます。
適切なうっ血処置を行うと動きがスムーズになり、柔らかい手ごたえに変化します。
部位や患者さんの状態によっては透熱灸(※3)や知熱灸(※4)を用います。
※3 透熱灸とは半米粒大にひねったもぐさに火をつけ、最後まで焼き切るお灸です。
強い熱をごく狭い範囲にもたらし、灸の痕が付きます。
平穏堂では主に背骨の上や爪の脇、手背、指間、爛れた手術痕の上などに透熱灸を行います。
※4 知熱灸とは焼き切らず、熱くなったら外すお灸です。灸の痕は基本付きません。
大きさはさまざまですが、平穏堂では一辺1cmの三角錐を用います。
弱く持続する熱を(透熱灸と比較して)広い範囲にもたらします。
当院では主に肩前面やお腹、手掌、腕や脚の内側に用います。
今の趣味はオンラインゲームです。
最近はグランブルーファンタジーというソーシャルゲームにはまっています。単純な操作で美麗なグラフィック、王道のストーリーを楽しめる楽しいゲームです。一回のプレイが短時間で済み(長くて15分)、任意に中断できるのもありがたいところです。(ダイレクトマーケティング)
昔はファイナルファンタジー11というネットゲームにはまっていました。
これはプレイヤー数人で協力してプレイするため、まとまった時間(4時間とか)を必要とするゲームでして、年をとるにつれ仕事から帰った後に徹夜でプレイする体力が無くなり引退しました。
好きなものは漫画・ゲーム・アニメ・ライトノベル・時代劇小説などの”一人で消費できる物語”です。
最後が大団円で、なおかつ主人公の新たな旅立ちで〆られると涙を流して喜びます。
最近は体力が落ちたせいか見たり読んだりするのに時間が掛かりそうな物語には手をださなくなりました。
お勧めの漫画は「フットボールネーション」「ブルーピリオド」「パンプキンシザーズ」です。
友人と一緒に何かをするのも好きではあるのですが、集団行動は苦手で、気力を激しく消耗します。
食べ物はだいたいなんでもおいしくいただきますが、多くの種類の料理を少量ずついただくのが最近の好みです。甘いものはコンビニで売ってる一人前の半分から3分の1の量で十分満足します。なのでコンビニでは甘いものをあまり買わなくなりました。
落ち着く暖かさと湿度と明るさの室内にいるのが好みです。
外出してきれいな景色を見るのも好きですが長時間になると落ち着きません。
あと猫が好きです。治療院のなかには猫の置物や猫のシールなどをいっぱい置いています。全て見つけてくださったら粗品を進呈するかもしれません。ただ残念なことに猫アレルギーです。本物の猫を撫でまわすと触った腕の肘から手首にかけて蕁麻疹がぶわーっと生じてかゆみが止まらなくなります。触ったあとに良く手を洗えばなんとか蕁麻疹は生じませんが寂しいですね。
嫌いなものは誹謗・中傷・扇動・支配・強制などの攻撃行動です。
自分に向けられる攻撃だけでなく、任意の他者Aから別の他者Bへの攻撃行動にも強いストレスを感じます。ただ、嫌いなヒトやモノはすぐに忘れる技術を会得したため長期的にストレスを受けることはごくまれになりました。