因果応報は錯覚であることに気付くと疲れにくくなる

こんにちは。平穏堂院長の田上俊和です。

本日の「疲れにくくなる暮らし方」は

「因果応報は錯覚であることに気付くと疲れにくくなる」です。



大前提:人は、思い通りにならないとストレスを感じ、ストレスに対抗するため気力体力を消費する。

    その結果、疲れる。

小前提1:人は、自分が望む結末を得られないとき、思い通りにならないと感じる。

小前提2:人は、悪いことをした人間には悪い結末を望み、良いことをした人間には良い結末を望む。

     つまり、因果応報の結末を望む。

小前提3:人は、見たいものしか見ない。

小前提4:現実は、因果応報のように見えるときもあれば、そうでないときも多々ある。

 

小前提2と3と4から、因果応報は、「世界は因果応報でなければならない」という世界観を

選択している人の「願望」「錯覚」であり、現実的には「偶然の産物」である、となります。

従って、ある人が望む結末になることもあればならないこともある、となります。

すると、小前提1から、思い通りにならないと感じるときもありますから、大前提から、疲れる、

となります。


以上から、『因果応報はあると思うことは錯覚であることに気付く』ことで、

初めから思い通りになるはずもないと理解できますから、因果応報を期待する人より疲れにくくなる、

となります。


従って「因果応報は錯覚であることに気付くと疲れにくくなる」となります。


次回(10/02)は、「言葉が正しく伝わっても内容が間違って伝わることがあることに気付くと疲れにくくなる」です。


○自ら選択した世界観「世界は○○である」の強化とその功罪


  1) 世界観を強化することの意味


    人は普遍的に「自分に価値があると思いたい」という目的が存在します。

   その手段には「自分が選択した世界観」を強化するという手法が存在します。

   「自分が選択した世界観」を強化していくことにより、

     ・その世界観に従う自分は正しい(だから価値がある)、

     ・その世界観に従わない他人は間違っている(だから自分より価値が無い)

   と思い込むことができます。


  2) 功罪


    人は、「世界観」を持つことで、拠って立つ土台を持てますので、

   一貫した姿勢で人生を歩めるようになります。


    人は、「こころ」に余裕がなくなると自己防衛のため、自分の価値観を絶対視するように

   なり、その過程で「世界観」の見直しを拒否するようになります。 

   そして、「世界観」の見直しを拒否するようになると、良くて「頑なな人」と言われ、

   悪化すると「俺は悪くない!社会が悪い!国が悪い」と他人に責任転嫁する人になります。


    そうなった状態で「こころ」に余裕を取り戻すには「今の自分」を受容することが必要です。

   つまり、不可能なこともたくさんあるけれど、そんな自分も十分OK、と認めることです。

    そうすることで、「自分が選択した世界観」の見直しもできるようになります。


以上