善意は『捏造の免罪符』にならないと気づくと疲れにくくなる

こんにちは。平穏堂院長の田上俊和です。

本日の「疲れにくくなる暮らし方」は

善意は『捏造の免罪符』にならないと気づくと疲れにくくなる」です。

 人は善意さえあれば何をやっても構わないと考える場合があります。

 

 そしてその「何をやっても構わない」の「何」に「捏造」が含まれる場合があります。

 

 そうした場合の「捏造」は主に「行動の根拠」や「証拠」の作製に用いられます。

 ですが「捏造」は結局のところ「嘘」であり、ときをおかずにその正体は露見します。

 運よく露見せずとも、時間経過に応じ、つじつま合わせが困難になり、破たんします。

 

 嘘の露見や破たんが生じれば、それに基づく行動のすべてが疑いの目で見られます。

 たとえ一部は真っ当な行動であったとしても、すべてが疑われます。

 行動が疑われる状況になれば、行動の成果も疑われ、最終的には無に帰します。

 成果が無に帰せば、行動に使用した気力体力の回復は成らず、疲れやすくなります。

 

 複数方面から確認された事実のみを根拠に行動すると、行動の成果は無に帰しません。

 そのため、疲れにくくなります。


従って「善意は『捏造の免罪符』にならないと気づくと疲れにくくなる」となります。

 

次回(7/4)は、「自分が他人のどのような行動に怒りを感じるかに気づくと疲れにくくなる」です。

 

以上