『私』と『公』の価値観を区別できると疲れにくくなる

こんにちは。平穏堂院長の田上俊和です。

本日の「疲れにくくなる暮らし方」は

『私』と『公』の価値観を区別できると疲れにくくなる」です。

 人は自分の考え、つまり『私』の価値観を過剰に拡大し、『公』の価値観として主張する場合があります。例を挙げると、「不快になる人だっているんですよ!」「世間では許されませんよそんなこと!」といったようにです。私見ですが大体の場合、個人の好き嫌いを「個人の印象」を元に補強し、主張しているように感じます。


 さて、「『私』がその行為を嫌いだから、行為者を攻撃する」ための手段として『私』を『公』に不用意に変換し、権威づけしていると、そこに確固たる根拠が無い事実を相手から付け込まれ反論されます。そうなれば思い通りにいかなくなるため、疲れやすくなります。


 そうではなく、複数の視点(正逆左右など)から見て、明確な根拠(できれば一次資料)を元に、

一意に『公』であると示せるのであれば、相手から付け込まれる隙が無くなり、反論されづらくなります。そうなれば、思い描いた勝ち筋通りに主張の展開を進められるため、疲れにくくなります。


 また、「『公』ではなく『私』が嫌だと感じる」のを前面に押し出し主張する手法も、多数の同意は得にくくなりますが、反論はされにくくなりますので、疲れにくくなります。


従って「『私』と『公』の価値観を区別できると疲れにくくなる」となります。

 

次回(8/23)は、「『悪意は翻意させられる』が『善意は翻意させられない』と気づくと疲れにくくなる」です。

 

以上